苦難の末に生まれた、キューブの個性。”非対称デザイン”の誕生秘話
2代目キューブ
2代目が取り入れた「左右非対称」
キューブという車の名前を聞いて、何を思い出しますか? 人目を引くデザインをまずイメージするという人も多いでしょう。実はリヤデザインがアシンメトリーになったのは2002年に登場した2代目キューブ(Z11型)から。初代の四角い形と広々とした室内空間を引き継ぎながらも、それまでにない左右非対称な見た目で世の中をあっと驚かせました。このインパクトの強いスタイリング、実はあるデザイナーの1枚のラフスケッチから生まれたものでした。
2代目キューブのデザイナーチーム勢揃い。
28歳、若手デザイナーのスケッチ
2代目のエクステリアデザインを担当したのは、当時28歳とまだ若手社員だった桑原弘忠。その頃を振り返り、桑原はこう語ります。
「2代目のキューブのプロジェクトが始まるよって言われて、若いメンバーが集められたんです。
僕はちょうどキューブのターゲットユーザーと同じ28歳。キューブという名前を引き続き使うということだけは決まっていたので、2代目をコンパクトカーの名車にしたいな、と最初から思っていました」
桑原さんがコーヒーを飲みながら描いた2代目キューブの初期ラフスケッチ(左)
2代目キューブのロゴデザイン案(右)
そんな桑原はある日、仕事に煮詰まりコーヒーを飲みながらおもむろにスケッチを描きます。

「9Fにすごく景色の良い食堂があるんですよ。そこでコーヒーを飲みながら考えたのがこのデザインです」

なんと最初のラフスケッチの段階で、すでにアシンメトリーなデザインが描かれていました。コーヒーを飲みリラックスしながらのアイデア、という話もそのカジュアルさが長く愛されるキューブらしいエピソードに思えますね。
若者に向けた雰囲気を感じさせるデザインラフ
どんな車にも似ていないもの
桑原はこの独特のスタイルをもった車についてこのように話しています。

「当時僕はスノーボードをやっていたんですよ。スノーボーダーはみんなそれぞれの『スタイル』を持っていて、それが格好いいっていう時代。逆にマネしているとダサい! だからどんな車にも似ていないものを作りたいと考えていました」

そんな彼の想いから「100m先にあってもキューブだとわかる」というコンセプトが生まれます。右ハンドルの日本車、バック時に左後方が見やすいようにするには。そんな実用性も兼ね備えた左右非対称デザインを待ち受けていたのは、長く険しい採用までの道のりでした。
理解を得にくかった「誰も見たこともないもの」
2代目キューブの奇抜なデザインは当初、多くの人に反対され続けたといいます。

「すでに世の中にあるもの、それのちょっと先をいくものって、人に承認されやすいんですよ。良い、悪いの判断ができますから。でも、それまでに例がないものって、判断ができないから承認されにくい。『ただ格好いいから』じゃあ、認めてもらえないんです」

理解されにくいデザイン案を通すべく、桑原は「アシンメトリー=普通」ということを地道にアピールしていきました。

「例えば、七三の髪型も左右対称じゃないですよね。日常には意外と非対称があふれているんだと、納得してもらうことがスタートでした」

その後もアシンメトリーなデザインには反対の声もありましたが、社外で行ったアンケートで意外な声が聞こえてきます。
「車をいろんなところに持っていってアンケートを取ったことがありました。そこでは『非対称』にあまり触れられないんですね。言われて初めて気づいたっていう人も多かったんです」

ネガティブに見られるのではと思っていた左右非対称デザインは、車そのものに溶け込み一般ユーザーには違和感なく受け入れられたのです。このようなことを経て少しずつ「キューブ=アシンメトリー」というイメージが社内で認められ、そして大ヒット。ついにはキューブをあらわすアイコンとなりました。

「2代目キューブは日本でしか販売していなかったので、海外の方がわざわざ自分の国に持っていったというお話を聞きました。そういう話を聞くと単純にうれしいですよね」と桑原は笑顔で語ります。

コーヒーを飲みながら生まれたアイデアは、このやわらかな笑みの奥に秘められた熱い情熱がなければ、世に出なかったかもしれません。それまで誰も見たことのない、新しく楽しいキューブはこうして誕生したのです。