

GTRファンの夢を乗せて、5年ぶりに日産がル・マンに帰ってきた。
エグゾーストを轟かせ、スカイラインGTRが世界中の目が見守る中、大健闘。
Nissan returns
Nissan has returned to Le Mans with the dreams of GTR fans after five year break.
Skyline GTR showed excellent run
日産がル・マンに帰ってきた。95年1月16日に行なわれたR33型GTRの発表会場で「スカイラインGTRによるル・マン24時間レース参戦」が報じられ、ついにGTRファンの夢が叶う日が明確になったのだ。
これに対し一部モータースポーツ関係者の中からは半年弱の準備期間で本当に間に合うのかと参加を疑問視する意見も上がったが、ニスモ(ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル)は、そんな声も耳に入らぬかのように精力的に準備を進める。全日本GT選手権にNーGT仕様のR33型GTRを投入すると同時に富士スピードウェイで、仙台近郊のスポーツランドSUGOでテストを繰り返し、ル・マン向けのレギュレーション対応を実施。途中日産の企業イメージ広告作りにも協力し、ついに壮行会まで漕ぎ着けた。
さらにハードと並行して新しいレース参加を旗印にした具体的な行動として応援組織、「クラブ ル・マン」が設立され、8千余名の会員を募ることに成功した。このクラブには希望者10名を選考、実際現場でチームをサポートする場も与えられている。
チームの体制はCカー以来の名監督水野和敏を指揮官に2台と6名のドライバーで構成された。22号車は「Keep The Dream Alive」をスポンサー名にしたボランティアグループのサポートを受け、ドライバーは福山英朗選手、近藤真彦選手、粕谷俊二選手。完走をターゲットに24時間を闘う。23号車は「クラリオン」のメインスポンサードを得、星野一義選手、鈴木利男選手、影山正彦選手が世界のGTカーに挑戦するというものである。
壮行会は赤坂プリンスホテルで盛大に催されたが、ここでも主役は遠方からも3千円の会費を払って集まったクラブ ル・マンの面々だった。今や「ル・マン」という大きな目標に向かって国内での準備は完了。この後チームはフランス、マニクールサーキットでの最後の調整を経、いよいよルマンに臨むこととなった。
総合10位、GTクラス
日本車最上位の5位を獲得。今年ル・マンのレースウィークは好天が続いたが、肝心の決勝スタート前から曇天に。間もなく大粒の雨が降り出し、やがて霧雨にはなるもなかなか上がらず結局24時間中16時間に渡って降り続く久々の雨のル・マンとなった。
初出場ながら23号車がGT1クラス中日本車最上位の予選27番手、22号車が35番手からスタートを切ったGTRは夜間に入っても降雨による視界悪化に加え、水とオイルと泥だらけの劣悪な路面状況にもかかわらず順調に周回。続出する他車のアクシデントもあってスタート後8時間を経過するところで23号車は5〜6番手、22号車もトップ10入りと順位を上げる。ところが好調だった23号車を突然のミッショントラブルが襲い急遽ピットへ。僅か46分で交換作業を終え車両を再びコース上に送り出すとピット内には大きな拍手が起こった。その後23号車は目を見張る追い上げを見せて着実に順位を上げる。だが明け方6時25分、星野選手のドライブ中ミッショントラブルが再発。今度はピットに戻れず無念のリタイヤを喫することになった。
一方22号車は10番手前後で安定した走行。三人のドライバーは悪条件の中淡々とペースを崩さず周回を続ける。そして午後4時念願のチェッカーが降られ、無事ゴール。スタートした48台中完走したのは僅か20台という厳しさだった。その中で初出場のGTRは日本人ドライバーの手で初完走を果たしたのである。優勝はダルマス/レート/関谷正徳のマクラーレン、GTRは総合10位でGT1クラス日本車最上位の5位を得た。24時間の平均速度は時速153.995キロ、走行距離は3695.879キロだった。
