





時計の針が7時を過ぎ、ほどなくして競り人が大きな声を張り上げると、みな待ちかねたように場内が活気づいた。いよいよ「競り」が始まるのだ。




市場の組合にも名を連ねる『一宮ストアー』のオーナー、山﨑の解説を聞きながら、次の競り場へと歩く。


「小さな頃からよう連れてきてもらいました。大人たちが優しくしてくれるもんで、ここはいつでも楽しくて大好きな場所、という印象しかないんです」
店の創業者でもある父は、週末になるとそんな山﨑を助手席に乗せ、市場を連れ歩いたそうだ。




店の裏にある畑とビニールハウスでは、通年してハーブやきゅうり、珍しい品種の野菜などを選んで栽培しており、ここまでなら家庭菜園と呼ぶこともできるだろうが、山﨑はそうして収穫されたばかりの恵みを、店で他の野菜を売るのと同じようにして、高知県内のスーパーや飲食店、なじみのある病院や学校の配膳施設など、そのひとつひとつへ自ら配送し、卸している。
試しにどうぞと、先ほど採れたばかりだという自家製のフルーツトマトを一ついただくと、ほのかな酸味に続いて歯ごたえのある甘みが口中に広がった。他にもフェンネルやローズマリーなど、八百屋では見かけない珍しいハーブが並んでいる。瑞々しく育っているそれらは、山﨑の父が独自に30年以上かけて研究を重ねた珠玉の逸品だという。


「あえてネットで野菜の『対面販売』をやってみようと思ったんです。だから、どんなクレームも無視したことはありません。一つのクレームに一年以上やりとりを続けた方もいました。いまは手が回らなくて休んでますけども、店の名前を検索すれば、たくさんのお客さんからの喜びの声をいまも見ることができます。自分ではじめたことですが、これは励みになりました」


店内でお客さんが少し不便そうに乳母車やカートを押していたら、翌日には家族総出で店の配置や動線を変えてみる。ちょっとした気配りをすぐに反映させることができるのが、こうした小さなお店をやっていく楽しみでもあるという。


ずっと昔、学校から帰ってきては父母に並んで店のカウンターでテレビを見ながら宿題をし、休日には毎週のように朝の市場で過ごしていた山﨑。都会暮らしに疲れて高知へ戻ってきた彼を出迎えてくれたのは、馴染み深く、また懐かしい八百屋の生活そのものだった。


「狭い地域は知り合いばかり。気がついたら配送先の窓口の方が義理の姉になっていたことも。ウソみたいなホントの話です。縁ってものを実感する瞬間は、都会にいたころよりずっと多いでしょうね」


「昔からみんな、周りの同業者の方々は父のことをよう知っていて、あの人はすごい人だ、立派な人だと聞かされましたけど、最近は確かにすごいなと思うことが多いんです。親父のように、同じことをどれだけやっても苦にせず続けられることは、それだけで大したことじゃないでしょうか」



1967年8月9日
(高知県高知市)
職種:八百屋
職歴:23年
会社名:有限会社一宮ストアー