1995年のル・マン24時間レースを振り返って




 マクラーレンが1995年のル・マン24時間レースを制した。そして、日本人ド ライバーが初めてこの耐久レースの頂点といべきイベントで優勝した。今年の ル・マンは、悪天候に見舞われたという点、ル・マンにおける新時代GTカー レースの元年という点でもこれまでとは異なるイベントであった。

 総合優勝したGT1クラスに日本人が居ただけでなく、GT2では2年目の 参戦となったチーム国光のNSXがクラス優勝を果たして、日本人、日本のチー ムにとっては、終わってみれば、最良のイベントであったともいえる。

 マクラーレンは、予想通りの走り、強さを示したが、関係者の間では駆動系 がネックとなっているので、どれだけのパフォーマンスを発揮出来るかは未知 数だったわけだ。この点は、1980年以来の雨のウエットコンディションがドラ イコンディションに比べてグリップが低下するためにマシンに与えるストレス が少なかったのは幸いした。しかし、反面、ドライバーにとっては前方が見に くく、マシンのコントロールが難しいということがある。アドバンテージとディ スアドバンテージの両面を得て、そして勝つということは、やはり素晴らしい ことに違いはないのだ。

 優勝クルーの関谷選手が「自分のレースキャリアの中でこれほどハードなレー スは初めてだった。雨でぜんぜん前が見えないセクションがあって、なおかつ 路面がスリッピーではっきり言って恐かった。優勝どうのこうのという以前に、 完走するためにはマシンを壊しちゃいけないとと思いゆっくり走った。こんな 状態だったら、今走っているドライバーの中で自分が一番遅いかなと思ってい た。そして、精神的に助かったのは、チームがわれわれドライバーに全くプレッ シャーを与えるようなことはなかったこと。だから、ピットからは一切ラップ タイムを出さなかった。そして、ドライバー3人が互いにマシンを最大限に労っ てゴールまで運んだこと、それが勝因だろう」と日本人初のウイナーという気 負を感じさせない、表彰式直後のダイレクトな感想をコメントした。

 GT2クラスで優勝したチーム国光の国さんこと、高橋国光選手は「圭ちゃ ん(土屋圭市選手)とアキラ(飯田章選手)がぼくにチェッカーを受けさせよ うと言ってくれて、それに感激してぼくが涙を見せたら2人も泣いてしまって 3人が男泣きしたんです。それほど、我々のチームワークは固かったし、サポー トしてくれたNOVAのみなさんの仕事はパーフェクトだった。そしてこのル・ マンで走るチャンスを作ってくれた方々に今回のクラス優勝を贈りたいと思い ます。本当にありがとうございました」と国さんらしいコメントして、集まっ たジャーナリスト達の感動を呼んだ。

 <フィニッシュした者は、皆勝者である>という言葉がある。24時間を走破 したドライバーもマシンも満身創痍の状態でゴールを切り、そして、何万人も の観客に祝福されるシーンは何度見ても感動してしまうものだ。 モータース ポーツは道具であるレーシングマシンが複雑で、ややもするとそのハード面ば かりに目が行ってしまうが、このル・マンに象徴されるように最終的にはドラ イバーのヒューマンなドラマがいっぱい詰まっている。だから、誰もが再びル・ マン目指すのだろう。


高橋 二朗