Communique No.6 Jun 17, 1995

*

*1995年6月17日土曜日 - 20時00分


WRとクラージュ不運
47分間の中断

18時00分から雨が降り続き、グリップがなく、視界も悪いというドライバーにとっては 厳しい状況となっている。このような状況のもとではペースは上がらず、 ドライバー交代も少ない。

おもな出来事としては次のようなものが上げられる。WR8号車がユノディエールで コースアウト。ドライバーのパトリック・ゴニンは検査のためにル・マン市内の病院へ 送られた。原因はアクアプレーニングと見られる。

このアクシデントによりセーフティーカーが出動し、18時55分から19時42分までの間 レースは中断され、その間を利用して各チームは補給を済ませていた。
マッハワン・レーシングのマクラーレン(51号車)はアクセル・ケーブルのトラブルに 見舞われ、クラージュ13号車に2位を譲ることになった。20時になろうという頃、 クラージュのマリオ・アンドレッティがポルシェ・コーナーとフォード・シケインの 間でスピンを喫してしまった。チームのピットではブレーキの作業のためC34の ピットインを待っていた時だった。これによりドライバー交代を済ませ、 スタアリングを握ったばかりのマクラーレンのヨッヘン・マスがトップに立った。 クラージュ・チームはリヤ・ハーフシャフトの交換を強いられ、30分間ピットに 張りつくこととなってしまった。クラージュ11号車のフランク・ラルゴスは26周目に アルナージュでストップ。その場での修理が不可能なためピットに戻るべくマシンを 押し始めた。

黄旗中の追い越しを行ったことから、テヴィニン(フェラーリ34号車)は5分間の “ストップ&ゴー”のペナルティを受けた。

第63回ル・マン24時間で最初のリタイヤとなったのはフェラーリ333SP1号車 (エンジン・トラブル)、ホンダNSX47号車(クラッチ)とフランス/スイス 混成チームの82号車のGT2ポルシェ911だった。

20時00分、クラージュ13号車がストップした後は上位3位までをGT1の マクラーレンが占めることとなり、WSCで1位は総合7位のクレマーK8の 3号車となった。もう1台のK8は24位あたりを走行しており、ドライバーは ロードホールデイングが非常に悪いと訴える。