Communique No.3 Jun 16, 1995

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*1995年6月16日金曜日 - 12時00分


予選第2セッション

WRがフロントロー

クラージュのポールポジションが期待されたが、スター ティンググリッドのフロントローを奪ったのは2台のWRであった。この快挙 をなし遂げたのはウイリアム・ダビッドとパトリック・ゴニン(もとACOレー シングスクール最優秀生)で、ジェラール・ウェルテールとチームの支援にも 報いる結果となった。「シャシー、エンジン、ミシュランのタイヤ、ドライバー とすべてフランスのものだ。」と強調するのはWRLM94(ダビッド)とLM 95(ゴニン)の設計者、ヴァンサン・スーリニアックだ。ウイリアム・ダビッ ド(ポー出身で25歳)は、2つのフランスタイトル(1989年のフォーミュラ・ フォードと1994年のプジョー・スパイダー905)を手にしているが、これで国際 的な成果も得たことになる。今年のスーパーツーリズムのリーダー、ダビッド はル・マンでポールポジションを奪取した初の“ルーキー”だが、最も若いド ライバーというわけではない。ペドロ・ロドリゲスは1963年に何と23歳でこの 偉業をなし遂げている。いずれにせよこのクルーがル・マン24時間レースで優 勝を狙える最も若いチームであることに変わりはない。ジャン= ベルナール・ ブーベとリシャール・バランドルも、フォーミュラ・フォードで力を示してい るが、グラフ・レーシングのスパイスでル・マンに参加している。

予選第2セッションはトップが何度も入れ代わる激しいものとなった。先ず予 選開始後10分にダビッドは3分50秒96でウォレックを退け、40分後にはゴニン が3分49秒36をマーク。さらに20時26分にはウオレック(ワークスエンジン使 用)が3分48秒75を記録するといった具合だ。だが、夜間の22時07分にウイリ アム・ダビッドが3分46秒02、平均速度216k m/h という決定的なタイムを叩 きだしてクラージュ勢の希望を打ち砕いた。1900ccターボで380馬力のエンジ ンを積むマシンとしては堂々のタイムだ。パトリック・ゴノンもセッションの 終わりに2位のタイムを記録してWRの予選での勝利を完全なものとした。

ウォレック、アンドレッティさらにエラリー(気管支肺炎にかかっている)は、 エンジンのパワ不足に泣いたラゴルス/ペスカロロ/ベルナール組のC41と並 ぶ2列目に甘んじなければならなかった。水曜日にエンジンを壊したヴァン・ ドゥ・プール/トムジョ組のC41は、ヴァン・ドゥ・プールが4位のタイムを 記録する前にクラッチのトラブルからサーキット上でストップしてしまった。 セッション終了間際に、このマシンの車輌重量が規定を満たしていないことか ら(886kg の規定重量に対して866kg)、レースから除外されることになった。

この結果、シェルボー/イヴェール/ルコント組のポルシェにチャンスが 到来することになった。また恐らく2台のヴェンチュリー600LMも決勝レー スにスタート出来ることになりそうだ。これはノルマとタイガはドライバーの うちのひとりしかクオリファイしていないからだ。ノルマはさらにエンジン・ トラブルにも見舞われた。タイガもドライバーのひとりが異音を発生させてコー ス上でマシンを止めてしまい、シルビアン・ブーレイのチームはリペアが不可 能となった。3台目のマシンは木曜日の晩に全くタイムを記録しなかった、ガ ショー/ハーネ/カペリのホンダNSXターボで、ギヤボックスのトラブルに 見舞われていた。ノンターボのホンダNSXもツキがなく、エンジンがマキシ マムまで回らないというトラブルに悩まされていた。高橋国光組のGT2クラ スのNSXで、37番目のタイムを記録したのが幸いだった。

クレマー・チームはまたしても苦悶の夜を迎えていた。水曜日のシュトゥック に続き、フランツ・コンラッドがクイック・ラップでコースアウトしたのだ。 場所はインディアナポリス。クレマーK8は右フロントを傷めたが、修復は可 能であった。コンラッドはこの小さなアクシデントの原因にアンダーステアを 訴える。アルフォンソ・ドルレアンもピットを離れる際に温まっていないタイ ヤに驚く。シュトック/ブーツェン/ブシュー組は若干タイムを上げたが、決 勝レースへのセッティングを行っていた。同じプロトタイプのクッズ・マツダ は19位のタイムにとどまった。3ローターのエンジン・パワーの面で少々苦し いようだ。フェラーリ333SPはジェイ・コクランが17位のポジションに導い た。ユーロモータースポーツ・チームは結局技術委員がエンジンの回転をコン トロールするリミッターを取り付けることになった。だが調整のために失った 時間は取り戻せない。「このマシンは3分45秒は行ける」とマッシモ・シガー ラ。あとは実力をレースで証明するしかない.....

333SPの参加の他に、フェラーリにはよろこぶべきことがあった。マンチニ、 フェルテ、オロフソンが駆る3台のF40がGT1で最速を示したからだ。ユノ ディエールでマイナートラブルに見舞われ、次いで40号車が軽くコースアウト したが、決勝レースを目指して長い間努力を続けたフェラーリ・クラブ・イタ リアのドライバー達はセッション終盤に“激走”を見せた。マクラーレン勢も 快調で、ガルフ・レーシングはセッションでの走りを抑えたほどであった。最 速ラップをマークしたのは59号車のダルマス/レート/関谷組であった。しか し予選を通してGTクラスで気を吐いたのはワークス・ヴェンチュリーを駆っ て10位でクォリファイしたジャン= マルク・グーノンだ。このパフォーマンス はデニ・モリンのチームによって予備予選以来続けてきた努力によるものだ。 このヴェンチュリーは7台のマクラーレンのうち6台を退けている。ラルブル・ コンペティションのポルシェは低いブースト圧で走行したにもかかわらず、ジャ リエのエンジンはウエイストゲートがブロックして、セッション序盤に壊れて しまった。ジャガーと、2台のマシンがXトラックのギヤボックスを装備する ことになった(76号車のZF製ギヤボックスは水曜日に壊れてしまった) キャ ラウエイ/アグスタも好調だ。アルモ・コッペリはカルデラリ組のポルシェと 高橋組のホンダを大幅に上回るタイムでGT2のポールポジションを決めた。

リスター/ジャガーは素晴らしいパフォーマンスを示し、サスペンションを壊 したにもかかわらず25位につけた。ニッサンとトヨタはル・マンのサーキット に合わせたセッティングを行っていた。サードは大きな進歩を見せたが、アラ ン・フェルテがインテーク・マニホールドを壊してストップ。またニッサンで は鈴木利男が7秒短縮。スカイラインGTRLMの進歩の程を示した。マーコ スでは2台のLM600がクオリファイしてル・マンへの復帰を記した。70号車 は電気系のトラブルでミュルサンヌを越えたところでストップし、71号車はオ イル漏れに見舞われた。その他ではディディエ・オルティオン(ポルシェ78号 車) が軽くコースアウトしたのと、シボレー30号車がエンジンを壊し、フレイ ジンガーのポルシェがターボを壊したことが上げられる。