スカイライン誕生秘話
第5章・・・東京モーターショー出展

□東京モーターショー出展へ・・・99年夏
   その年の秋に開催される東京モーターショーに向け準備を急いでいた社内委員会から、「MFをコンセプトカーとして出展したい」という申し入れが突然プロジェクトに伝えられた。話を聞いた宮内は、とんでもないと猛反発した。「発売直前での話題作りという目的ならいざ知らず、2年近くも前の時点でモデルを公開することに、プロジェクトとしてのメリットは何ひとつ考えられない。せっかく高い評価を得ているデザインを、自ら陳腐化させるようなものだ。」

 "このプラットフォームで、BMWに対して10年分の技術的アドバンテージを達成できる"、そう宣言していた水野も、世界のライバルメーカーに塩を送るかのような出展に、賛同することはできなかった。頑として首を縦に振らなかった二人に、ショーの準備委員長を務める役員から衝撃的な計画が伝えられた。「ゴーンCOOが、今回の東京モーターショーでNRPの柱である将来の成長へのビジョンを、単なる絵空事のコンセプトカーではなく、近い将来の商品化を前提とするモデルで示す。」

 水野と宮内の二人も、「日産再生に向けた象徴として出展したい」、とまで言われて断る理由はなかった。

□その名は“XVL”・・・99年秋
   これによってこの試作車は、正規の実験用試作車が完成するまでの一年近く、単なるショーカーではなく「操安性マスターカー」として活躍し、結果的にMFは通常の倍の期間を、運動性能向上にかけることができた。

 さて、水野がモーターショーへの展示に向けハードの準備を進める一方で、宮内ら企画サイドは、コンセプトカーとして伝えるべき"作り手の意思"の整理を急いだ。スカイラインとしての位置づけは、プロジェクト内ですら極秘とされていて、ましてや社外に悟られるわけにはいかない。広報部等とも慎重な論議を重ねた結果、商品の持つ走行性能ポテンシャルの高さをことさら強調することなく、「次世代に向けた新しい高級の提言・プライベートプレミアムセダンである」、という分かったような分からないようなコンセプトで、この商品のもつもう一つの側面である「快適な走り」や「居住性の高さ」を強調することになった。

 次世代のV6高級車を意味するXVLと名づけられ、日産のメインステージを飾ったこのモデルに、ユーザーの反響は好評で、その内容も予想通りのものであった。FRということで純粋なスポーツセダンを期待していた二〜三十歳代の男性からは、「大きすぎる」「価格が高そう」という声が集中したが、ターゲットとしていた四十歳代以上のユーザーや、少々意外ではあったが女性から、絶大な支持を集めた。一部のマスコミ取材に対して、水野がこのプラットフォームが秘めたGTR以上のポテンシャルをほのめかしはしたが、大方の雑誌では宮内の目論見通り「XVLはローレルかセフィーロの後継車」と評され、社内関係者の多くもそれを信じていた。

 このモーターショー出展は、それまで二年間に渡って担当して来た宮内と水野には、苦労を重ねてきたこれまでを振り返る、節目としての大きな感慨があった。しかし、当面の課題は乗り切ったとはいえ、今後一年半、この魅力的に見えるMFを、看板商品であるスカイラインの未来を切り開く商品としていかに育てていくかという、新たな挑戦に向けての出発点であった。

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