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「郊外の夢」。
これこそが今日のすべての都市問題の元凶となっている。「川のむこ
う側の緑の芝生の上にカワイラシイおうちをたてて家族で仲良く住みたい」などとい
うバカゲた夢を二十世紀のアメリカ人が発明したおかげで、人々は住宅ローンに追わ
れ、土地は高騰し、通勤時間は途方もなく長くなり、都市の周辺の自然は破壊され、
妻は専業主婦という名の家政婦奴隷として住宅の中に隔離された。そのかわりに得ら
れたものは芝生が生えるほどの広さの庭さえないほどのせまっ苦しくて、ゴミのよう
にうすぎたない郊外住宅群である。
こういう百害あって、プレハブメーカーと電鉄会社と自動車メーカーにしか利をもた
らさないような夢は、すぐさまきれいさっぱり捨て去るべきである。そのかわり……
われわれはオフィスに住むべきである。まちがってもシティー・マンションに住もう
などと考えてはいけない。あれは郊外住宅を縦に積んだだけのうすぎたなくて狭苦し
い空間で、これでは何の問題も解決しない。オフィスビルほど広々として、清々とし
た空間はほかにはないのである。通信、空調設備は完璧であるし、利便性も申し分な
い。それほどの空間が、5to9、24時間中に16時間も「空室」のままで放置されてい
るなんて、こんなバカバカしくてもったいないことはない。われわれは断じてオフィ
スビルに住むべきである。そのためにほんのちょっとばかりオフィス空間を改造し、
オフィスに住む習慣を少しずつ広めていこう。
するとまず夜のオフィス街が生き生きとしてくる。都市を選挙区とする議員たちも、
夜間人口の減少を気にすることはなくなるし、住民票は都心に帰ってくるから、税の
減収を気にすることもなくなるが、実はそんなことはどうでもいい。なによりもまず
われわれ自身の生活がうんと便利で快適で、楽しくなる。当然のことながら通勤時間
はなくなり、そのかわり夜中でもいつでもフラフラ、ブラブラと「近所」に遊びに行
ける。オフィスにあるパソコンが一日中使えるし、本も資料もオフィスと家庭という
二か所に分散させる必要がなくなって、情報管理もずっとすっきりする。そして郊外
住宅がなくなれば、そこを管理するために必要とされた専業主婦という「職業」も消
滅して、女性もオフィスの中に生き生きと住み始めるだろう。家の中でさびしく「夫
」を待っている必要もない。セックスは今日でも、すでに郊外住宅の中でとり行われ
ることはないから、セックスについては心配することはない。生まれた子供は寄宿舎
などの専門の施設の中で育てられ、教育される。そうこうしているうちに、かつて「
郊外」とよばれ、悪臭を放っていた丘の上に、再び緑が茂り始めるなんてことにも、
なりかねないのである。
オフィスビルに住む/「建築的欲望の終焉」新曜社、1994
(初出『毎日新聞』1993.1.29)より |
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