SP310 フェアレディー登場 ブリティッシュスポーツを追え
 

時代がスポーツカー到来を告げる

この年のエポックメイキングなニュースの中で印象的なのは、設計段階から純国産 とした旅客機、YS-11が2機のターブプロップエンジンを唸らせて、ホノルル経由サンフランシスコへとフライトを成功させたことだろう。
その後、ジェットの台頭まで短い期間ながら、国内便の花形として日本の空を彩ることになった。
SP310
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そんなスピード時代の流れはスポーツカーにも明るい兆しを見せていた。国産車の進化が著しい当時、4人ないしは5人のパッセンジャーが同時にその恩恵にあずかれるセダンがどれほどの価値を持って迎えられたかは想像に難くない。しかし、スポーツカーというカテゴリーがまだエキゾティックな存在だったSP211の時代とは大きく変わりつつあった。

先代の頃はスポーツカーのスポーツ性、自動車のスポーツ性がまだ十分に認知されていなかった、という風に考えることもできるだろう。
もちろん、そんな時代は長くははなかった。多くの自動車メーカーがそうであるように、日産自動車も海外のラリーに挑戦してはその耐久性、信頼性、性能を証明して見せた。そんな研究開発と全く同時進行だったモータースポーツへのチャレンジが、フェアレディ1500がデビューと時期を同じくして新聞紙面を賑わせていた。それは、フェアレディ1500のベースともなった310型ブルーバードによる、第5回インターナショナルトータルラリーの制覇のニュースもそのうちの一つだろう。

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117台が参加し、完走わずか20台、というそのラリーに優勝し、国産車で初めてモンテカルロラリーへの出場権を獲得した記念すべきその勝利は、62年9月にマイナーチェンジされた、ブルーバード1200DX(67万9,000円)の勝利であり、わが家の愛車の活躍に多くの人が胸を躍らせたに違いない。
55PSのブルーバードの活躍ぶりと、デビューしたフェアレディ1500の71PS、150km/hというスペック、そして85万円という販売価格。
これらにどれだけ夢と現実の距離感が縮まったことかは、想像するだけで胸が熱くなるような思いだ。なにより、モータースポーツが、自動車の優秀性や耐久性など、性能を大きくアピールすると同時に、人車一体のドラマ、という普遍的な魅力に満ちあふれていることが大いに浸透し始めた時期でもあった。
1962年10月4日に登場したフェアレディは、まさにそんな時期に登場し、そのスポー性をよりダイレクトにアピールする事で、このカテゴリーの確立に大いに貢献したといっても過言ではない存在となったのだ。
FAIRLADY